尾張名古屋の永遠の23才です。

このブログでは菩薩について書いていきます。

なんで菩薩について書くの?

そんなことは知りません・・・いえ、嘘です。ごめんなさいね。

いつも強く思うことがあるんです。それは何かというと・・・

人間って本当に平等なんだろうか。

人間って「運」によって恵まれたり、底に突き落とされたりするのだろうかって。

でも思うんです。確かに世の中いろいろと落とし穴もあるし、逆に棚からぼた餅のラッキーなこともあるし、いろいろとあるとは思います。

昔、尾張青年は国道一号だけで名古屋から東京までドライブしたことがあります。当時はカーナビなんて存在していませんでしたから、地図を片手に・・・と思いきや、地図を見ないで行けたんですね。

ええ?どうやって?

いや、単純ですよ。国道一号を走って行くうちに道路案内標識って出るじゃないですか。それに従ってひたすら行くだけですよ。国道一号線を名古屋から東京方面へ行くと、途中バイパスと一般道と分かれますよね。そのまままっすぐ行くとバイパスに入っていきます。

名古屋からですと、浜名バイパス、磐田バイパス、掛川バイパス、藤枝バイパス・・・とバイパスに差し掛かっていきます。

今は無料だからそのまま進んでいいけど、当時は

浜名バイパス=昼間250円、夜間150円
磐田バイパス=200円
掛川バイパス=200円
藤枝バイパス=500円

だったんですね。

だから当時お金が無かった23才尾張青年はバイパスに差し掛かる前に国道一号を降りる必要がありました。すると今度は

「本当に今も国道一号を走れているのか」

という不安がよぎるんですね。

それを救いだしてくるのが道路案内標識ですね。

これで「今走っているところも国道一号」と確認できるんですね。

つまりこの道路案内標識って

国道一号を走る上でのサポートなんだと思います。

これと同じように人生においても知覚できないけどなんらかのサポートがあるんじゃないかと思うんですね。

そのサポートが菩薩なんじゃないかと思うんです。そして菩薩は人間1人1人にいるのだけれどわかりやすくするために擬人化されたものじゃないかと思うんですね。

そして菩薩像とはこのサポートをより自分自身においてゆるぎないものとするために表現されたものではないかと思うのです。

人生は確かに険しい。しかし菩薩というサポートをしっかりと意識して、それに従って進んでいけば、まっすぐに進んでしまえばその先に待ち構えている落とし穴も事前に迂回することができる、そしてそのままいけばラッキーなことが待っているのであれば、迷うことなくまっすぐ進んでいくことができる、そんな人生を送れると思うのです。

次回から菩薩をテーマにしたことを書いていこうと思っています。

尾張名古屋の永遠の23才でした。