本日も天成如来の館をお送りします。

天性菩薩天性菩薩

今日は傍理菩薩と尾張青年の会話だと思ったが・・・。

妙法菩薩妙法菩薩

傍理菩薩は相当ショックだったようですね。

天性菩薩天性菩薩

できれば妙峰如来の特異なキャラをプラスの方向へ持っていきたかっただろうな。

妙法菩薩妙法菩薩

妙峰如来は自分の世界しか見なかったから・・・。

天性菩薩天性菩薩

協調性に欠ければどれだけ才能があっても日の目を見るはないしな。

妙法菩薩妙法菩薩

今日は私たちで盛り上げるしかないですね。

天性菩薩天性菩薩

そうだな。ところで最近よく感じることがあるのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

それは何でしょうか?

天性菩薩天性菩薩

楽観的予測、楽観的期待が否定されがちであることだ。

妙法菩薩妙法菩薩

楽観的予測・・・?

天性菩薩天性菩薩

そうだ、今の状況があまり芳しくないときに、「いずれは夜明けが来るだろう。」と信じて待つことだ。

妙法菩薩妙法菩薩

昭和の経営者によくありがちな光景ですね。失われた20年の間にどれほど多くの経営者がこのような期待をしていたか・・・。

天性菩薩天性菩薩

これを現状が把握できずに、「このようなことが長く続くはずはない、必ず自分に追い風が来る!」と信じて、

天性菩薩天性菩薩

自己改革をしないで、そのまま沈んでしまうことから、楽観的になり続けることに警笛を鳴らし続けるようになったのだな。

妙法菩薩妙法菩薩

なるほど。

天性菩薩天性菩薩

むしろ悲観的になった方が現状を的確に分析できて、窮地を脱することができる、ゆえに、

妙法菩薩妙法菩薩

悲観論 > 楽観論 といった構図ができたわけですね。

天性菩薩天性菩薩

そうだ。だが、この悲観論にも落とし穴があるのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

落とし穴ですか?

天性菩薩天性菩薩

そうだ。楽観論もそうであるが、悲観論も実は正しくは有効ではないのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

とおっしゃいますと?

天性菩薩天性菩薩

現状改革しない楽観論はこうだ。

天性菩薩天性菩薩

現状のまま突き進めば、撃沈されることがわからないため、本来なら発生すべき危機感が湧いてこない。

天性菩薩天性菩薩

その上、運命論のような、人生には「お天道さま」が存在しており、そのまま見過ごすことはないといった思想が覆いかぶさっている。

天性菩薩天性菩薩

結果、自己改革しないまま、「お天道さま」を待つ姿勢に徹してしまい、その姿勢に安心感を覚え、楽観論となる。

妙法菩薩妙法菩薩

お天道様がいずれは助けてくださるという思想ですか・・・。

天性菩薩天性菩薩

勧善懲悪に基づいた時代劇の影響が、大人になっても続いておるのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

それゆえ、楽観論ではなく、現実を直視した方がいいわけですね。

天性菩薩天性菩薩

そもそも悲観は、現実がわかってきて、その上であるべき姿とのギャップが認識されることで起こる。

天性菩薩天性菩薩

だが一旦現実を見極めた上で修正のスタートを切り始めた後も悲観の感情を持ち続けるととんでもないことが起こるのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

とんでもないことですか?

天性菩薩天性菩薩

あるべき姿に確実に戻りつつあるときに、悲観は起こりながらもその度合が徐々に軽減する。

妙法菩薩妙法菩薩

悲観の感情そのものはなくならないわけですね。

天性菩薩天性菩薩

そうだ。だがこの悲観の感情を意図して強く持ち続けると、今度は悲観することが目的となってしまうのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

悲観することが目的・・・。

天性菩薩天性菩薩

そうだ。ゆえに仮に挽回のチャンスが訪れても意図的にそれを見逃したりするように仕向けられる危険性が出てくる。

妙法菩薩妙法菩薩

それではどうすれば宜しいですか?

天性菩薩天性菩薩

一旦、舵を切り直したら、今度は楽観的期待をすることだ。

妙法菩薩妙法菩薩

ですがさきほどは、それは「お天道様を信ずる」行為に等しいと・・・、

天性菩薩天性菩薩

今度は「確実にゴールに向かった自分の努力の継続を信ずる」行為であるのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

そうしますと、楽観も悲観もどちらか一方といった姿勢ではなくて・・・、

天性菩薩天性菩薩

そうだ。現実を見直すためには悲観的感情が必要であり、

天性菩薩天性菩薩

舵を切り直した後の有効な努力の継続の中においてのみ楽観的感情が必要となるのだ。

妙法菩薩妙法菩薩

悲観も楽観もそれぞれ適材適所ということですね。ありがとうございました。

天性菩薩天性菩薩

天成如来の館でした。